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沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム

沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム
日々の暮らしの中で、ちょっと気づいたこと、ほっと一息つけるようなことがらをコラムとしてまとめました。
あなたの「お役立ち」になるかどうか、心許ないですが、興味を持った「カテゴリー」から読んでみてくださいね。

カテゴリーごとに選べます。
選択
絵本の世界
2017/07/01
ワンピースの柄は心もよう〜にしまきかやこ作『わたしのワンピース』〜  
7月になりました。2017年の後半がスタートです。
1月6日に「毎日コラムを書こう!」と決めてから、約半年となります。
…頑張ったね、私。エライよ。自分で自分を褒めます。

そういえば、ルームに来られる皆さん、一様にご自分を褒めるのがヘタ、ですね。
「頑張って、◯◯されたんですね〜。偉いですねえ。」と言ったら、たいてい「そんな…誰もがやってることですから。」と言われます。
「いいじゃないですか…。じゃあ、皆さんも偉いし、◯◯さんも偉い。」
そういうと、なんだか居心地の悪い笑みを浮かべられます。

そんな、ね。誰かと比べなくて、いいのよ。
もっと自分を労ってあげましょうよ。

「もっと、もっと」と期待することは、自分の向上につながって来たかもしれないけど、それに疲れたら、「もういいよ」って自分に言ってあげないと。
また、元気になれば、また「もっと、もっと」をやってもいいけど、今はダメ…。そういう時ってあると思います。

さて今日は、にしまきかやこの『わたしのワンピース』。
とても古い作品で、1969年第1刷と奥付けにあります。こぐま社です。
持っているのは、1998年の第103刷。子どもが3歳の時に買ったのですね。
そして30年間、毎年3回以上版を重ねた、のですね。
確か…名作絵本、ということで何かに紹介されていて、本屋さんで「ああ、これね」と手に取って買ったような記憶があります。

ウサギさんの目の前に、「まっしろなきれ  ふわふわって  そらからおちてきた」


それで「ミシン  カタカタ  わたしのワンピースをつくろうっと」ということで、


ミシン掛けをします。


「できた  できた  ラララン  ロロロン  わたしににあうかしら」と喜ぶわたしの右上にお花畑が見えていて…


「おはなばたけを  さんぽするの  だあいすき」って言ってたら…


「あれっ  ワンピースが はなもようになった」
…あらびっくり!ですね。この後も、雨が降って来て雨の中にいたら、ワンピースが「水玉模様」になってしまうし、後はご想像どおり、「わたしのワンピース」の柄がいろいろに変化するのですね。
そのバリエーションを楽しむ絵本です。
そして、どういう終わり方をするのか、が「見もの」な訳です。

これはやっぱり女の子向けの絵本でしょうか。
いえ、女の子でなくても「服」に興味があるなら楽しいのでしょうけれど、
子どもはほとんど興味を示しませんでした。

まあ、男の子の服って、もう3歳ぐらいから可愛い色のものはなくなって、…なんというか、女の子のお母さんのようには楽しめませんでした。
女の子の服はフリルが付いていたり、リボンが付いていたり、装飾もいろいろあったのですが、男の子の服は、実に素っ気なかった気がします。

まあ、どのみち泥だらけにするし、ね。汗だくにもなるし。
…そうそう、汗だくになって、頭がすぐに臭かった気がします。
外遊びの大好きな子で、遊び疲れてコテッと寝てしまうような子でした。
中学生になっておこもりして…なんて、だから考えられなかった。

あ、話が逸れました。
前回紹介したイエラ・マリの「あかいふうせん」は形状が変わっていくお話でしたが、今回は形状ではなくて、模様が変わっていくのですね。
一枚のワンピースですけど、模様が変わることによって、何枚ものワンピースを持っているかのような満足感が得られるのでしょう。
「お母さん、ワンピース作って!」そんな声が聞こえてきそうです。

幸せをおすそ分け
2017/06/30
夏越の祓い  
今日は6月30日、6月最後の日です。
…ということぐらいしか思わなかったのに、和菓子屋さんから「夏越の祓い」のお菓子の案内が届きました。


明日、6月30日は一年のちょうど折り返し地点ですっ!

2017年も半年が過ぎようとしています。

ところで皆さん、「夏越の祓」はご存知ですか?

毎年6月30日に行われる神事。

梅雨を過ぎると本格的な夏がやって来ます。

「これから厳しい夏を越す」という意味で行われる「夏越の祓」。

「水無月の祓」とも呼ばれ、その日に食べる

伝統的な和菓子が、三角形の「水無月」なのです☆

昔は氷は貴重でなかなか手に入りませんでした。

人々の知恵で暑気を払う氷を模して食べるようになったのが三角形の水無月でした。

残り半年間の「無病息災」を祈って食べる縁起菓子「水無月」。

残り半年間の希望や目標を考えながらおやつにいただこうと思います☆

 

 

…だそうです。あ、「菓匠 千壽庵吉宗」からですが。

私、ここのわらび餅が大好きで。

ちょっと変わっていて、わらび餅の方に甘味が付いていて、粉は本当にきな粉のみ、というものですが。

いつぞやから、箱が小さくなりました(笑)。

 

和菓子屋さん、なんだかすごい勢いで。

確かに、「水無月」ってお菓子どんなのだろう? って思うけど。

もう、今日食べないとダメ!みたいな気迫で迫られると、気の弱い私は、買いに走るのだろうなあ…。

…いやいや、気が弱いからではなく、単に食いしん坊なだけですけど。

 


こんなものみたい…。
では、今日のおやつはこれで。
私も、残り半年を思いながら、いただこうと思います。

画像は、朝の杏樹(アンジー)との散歩で見つけた、ご近所の、外壁の上に並んだ小人たち。新しいメンバーが加わっていました。

絵本の世界
2017/06/29
イメージの変化を楽しむ〜イエラ・マリ作『あかい ふうせん』〜  
古い絵本です。1967年の作品で、日本では1976年に第1刷発行、ほるぷ社からです。…ですが、全然古びた感じはしません。


 人が、…子どもでしょうか? チューインガムのようなものを膨らませて…



それが風船になって、飛んでいきます。



…で、葉が茂ったところにくっ付いて、あら!りんご。

というように、蝶になったり、花になったり…とどんどん「変化」していきます。
さあ、最後は何で終わるのかな?

赤以外の色は使われてなくて、非常にくっきりと、その形態の変化が浮き上がります。
よく考えてみれば、色は、この赤と、表紙の緑だけだったんだ!

奥付のところに作者紹介がありました。

イエラ・マリは、グラフィック・アートの面からすぐれた絵本を発表しているイタリアの作家です。
この『あかい ふうせん』の他、本シリーズの『りんごとちょう』など、いずれも文字のない作品ばかりです。
他に『にわとりとたまご』『木のうた』などの作品がありますが、芸術的に高い水準をもつ一方、科学性をも失わない知識絵本として、欧米でも高く評価されています。

ふう〜ん。
あ、『木のうた』持っていた気がします。また紹介しますね。

心理療法
2017/06/28
2017年度 第1回  KSCC統合的心理療法セミナー「発達障害の統合的心理療法」(3)W講師によるケーススーパービジョン  
講義が終わって最後は、事例報告、それに対して講師お二人からのコメントをいただく、という「W講師によるケーススーパービジョン」となりました。
今回は「自己コントロールに困難さを抱えるASD(自閉症スペクトラム)児への行動支援」というタイトルで、病院にお勤めの臨床心理士の報告がされました。

対象児Aは当時小学4年生。支援学級在籍ですが、国語と算数のみ支援学級に抽出しての指導で、他の時間はクラス児童と一緒に授業を受ける、という状態。

病院に来られた時の相談内容は、「弟の行動態度が自分の意に沿わないと過剰に反応し乱暴するので、その低減を図りたい」ということと、「2年生の頃から『死にたい』『生まれて来なければよかった』とネガティブな発言が増え、自分への失望感や罪責感を募らせているので、その苦悩を和らげたい」ということ。

家族の状況は、父、母、A、弟(年中)の4人家族。共働き。
父は何かにつけ、Aを注意しがちで、Aは反発。
父の親族には障害特性に対する理解を得られにくく、「母親だからなんとかしろ」としつけを責めるような態度を示されるため、母は家族内外で針のむしろ。

対応経過は、1〜2ヶ月に1回(50分)の母親面談。A本人は、医療に対する強い不信感から一度も来院せず。
事例報告は、小学校4年5月から5年6月までの10回の母親面談でのこと。

発表者は、まず、母に、Aの行動を「環境との相互作用」という枠組みから捉え直す視点の有用性を伝えた。
次に、「問題の行動が起こった時刻(場面状況)を毎日記録することを依頼し、Aの問題行動の生起状況を洗い出した。
そして、(園児である)「弟に対する行動支援の枠組み」を作って、Aの弟との「衝突」を回避する取り組みを行った。

「弟に対する行動支援の枠組み」とはAがイライラした様相を見せる時には不用意に近づかず、別の部屋で過ごすように、母が弟に合図を送る、Aに対する要求や困り感がある時は、まず母に伝えるようにする、など。

弟が望ましい行動(母に解決を委ねる、Aを無視して相手にしない)が取れた時には、母から「GoodJob!」のサインやポイントカード(トークンシステム)が貰えるなどの「楽しみな活動」が貰えるようにし、対応を工夫しても望ましくない行動が起こってしまった時には、母が2人を引き離す等の手立てを講じての取り組み手順を決めた。

Aと弟の衝突が減り、Aに母や弟の努力を認める発言が現れ、A自身も自分の頑張りを認める発言が出だし…と、とてもいい流れが生まれたなあと感心して聞かせていただいていたのですが、村瀬嘉代子先生のコメントで、あ、と思いました。

先生は、Aが一度も、来院してこの報告者に会っていない点を重視されて、「自分の在り方に重大な相談がされている場に本人がいないというのはどうなのか」「本人が自分のことで相談されて、その取り組み計画に関わっていないというのは、操作。」「小学校4年なら、もう自分の在り方を考えられる年齢」「操作されることによって変えられるのは疑問」と言われたのです。

先生は続けて、「来院しないのなら、この子にわかるような言葉で、手紙を送る方法もある。小学3年生でも可能では?」と言われました。

つまりは、「人の自尊心をどう傷つけないでやっていけるか」「本人の主体性をどう育てていくか」を問題にされたのです。
…ショックでした。私は、主体性の育成や自尊心の尊重を考えてきたはずなのに、どこか、小学生なら、ましてや発達障害を抱えているなら、仕方ないか、と思ったのだと思います。
幼いなら幼いなりの、そして障害を抱えていても、それに対する「手立て」を講じる必要はあるかもしれませんが、最初から「難しいだろう」「無理だろう」と決めつけて「自尊心」や「主体性」を育む視点を持たないでいることは不遜なこと。
本当に…、とてもショックを受けました。

でもまあ、報告者の報告は途中経過だったので、これから、A本人とどう関わっていくかの視点とされる旨の発言がされました。
会が終わって、報告者にとてもいいご報告でしたと労い、「これからの、本人との直接的な関わりは、この実践に足していかれたらいいことですよね?」と申し上げました。報告者も、「そうです。そう考えています」と言われました。

本当にとても有意義な時間でした。

画像は2日前の、朝の杏樹との散歩で見かけたご近所の薔薇。雨上がりで、ちょっと雨の雫が素敵でした。

心理療法
2017/06/27
2017年度 第1回  KSCC統合的心理療法セミナー「発達障害の統合的心理療法」(2)村瀬嘉代子先生  
加藤敏先生の講義のあと昼休憩となり、午後からは村瀬嘉代子先生の講義となりました。
村瀬先生は、大正大学大学院にお勤めで、今年3月まで、日本臨床心理士会の理事長をされていた方です。
昨年度のKSCC統合的心理療法セミナーでも講義されたことを思い出し、1年の時間経過の速さをふと感じました。

村瀬先生の講義で印象的だったところを列挙してみます。

発達障害とは、人間の一生にわたって身体・知・こころの面に現れてくる成長・変容の過程において、何かしらの「負の様相」が人生の早期に現れ、それが一過性なく、その後の成長・変容に何らかの影響を持続的に与えている状態。
障害と呼ばれる様相は、生物学的脆弱性と、心理療法・社会・文化的要因が輻輳して関与している。
援助の視点はそれらの様相の全体像を捉えつつ援助過程の状況に応じて、焦点化をも併せ行うこと。

臨床においては「一人称」、「二人称」、「三人称」(=対象化して捉え直す視点)の視点を併せ持つ上での理解と対応を元に、身を添わせることが望ましいのではないか→セラピストのバランス感覚

援助とは基本原則を踏まえながら、個別的で多面的なアプローチをすること。
綿密に気づき、観察し、考え抜き、工夫すること。
 
発達的視点からの理解として、問題行動はその子なりの適応しようとする営みである。
発達障害児を理解するということは、人の発達がどのように生物学的、心理的、社会的要因によって影響を受けているかを解明すること。
「問題」と言われる行動にも、複数の経路や経過がある。

支援者に問われることは、自分自身の障害観、人生観。
「ある条件を受け止めて、限定される枠を模索努力しつつ、広げていく生」

家族やその他周囲の環境に対して、共同援助者という立場で(咎め、糺す眼差しではなく、ささやかでも分かちあう)、上下関係ではなく、一緒に。
困難に遭遇することで、家族関係の瑕疵(かし=不十分な点 ※引用者注)が表面化し、それが療育過程に陰を落とすこともあり得る。家族関係の維持・向上を念頭にそっと置く。

家族とは双方向性を持って、親の希望に添いながら情報を共有して進める。
きょうだい、近隣との関係への配慮、きょうだいにも配慮を。
療育場面やセラピーの場面と日常生活の連続性を考える。
訓練という色彩に終始しない。楽しさ、歓び、ユーモアの感覚をどう見出すか。
身体的ケアと心理的ケアのバランス

「ある条件を受け止めて、限定される枠を模索努力しつつ、広げていく生」と打っていて、それは、障害の有無に関わらず、誰もがそうなのではないか、と思えてきました。

私は「長女」として親から要求されることが嫌で、ずっと避けてきた。
避けて四半世紀を生きて、自分の人生を振り返ってみた時に、さほど「幸せ」ではないことに気づいた。
ならば、それを引き受けた時に、自分の人生はどう展開するのだろう? と思った。
それはある意味「ある条件を受け止めて、限定される枠」を受け入れたことではないのか? と思うのです。
そして、その枠を「模索努力しつつ、広げていこう」として、「カウンセリングルーム」を開き…という今があるのではないか…?

とすると、障害を持つ人と私とは対岸にいるのではなく、「生きづらさ」「息苦しさ」の点において、共感できる素地がある、と思うのです。
…まあ、そもそも強度の近視なので、そういった意味でコンタクトレンズやメガネなしには生活が全く成り立たず、自分の状況に合わせて「工夫」しながら生きているという点で共通項を感じてきたのですが。

できることを、できる時に。無理なく。
そう思います。

さて、村瀬先生が言われたことで、一番印象的だったのが「関係というのは、会った瞬間から、別れる時まで。カウンセラーがアセスメント(査定)をすると同様、クライエントもカウンセラーのアセスメントをしている。関係は双方向的。」

それはそうですね。クライエントは必死になって「この人に話して大丈夫だろうか? 傷つけられないだろうか?」とカウンセラーの人となりを探る作業をしている、と思います。

その後、事例として「ある少女が生きる喜びを見出すまで」をお話くださったのですが、出会いから40年を経た、その関わりは圧巻でした。予定時間を遙かに超えて、でも、先生のお話に聞き入りました。
支援とは本当に、共に生きること、と痛く感じました。
私もそういう支援をしたいと願います。

そうそう、先生はかなり高齢でいらっしゃるとお見受けしたのですが、なんと82歳でいらっしゃいました。

画像は朝の杏樹(アンジー)との散歩で見つけたご近所の赤いお花。見かけない花でしたが、ちょっと可愛い。
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