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  1. コラム
  2. 沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム
 

沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム

沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム
日々の暮らしの中で、ちょっと気づいたこと、ほっと一息つけるようなことがらをコラムとしてまとめました。
あなたの「お役立ち」になるかどうか、心許ないですが、興味を持った「カテゴリー」から読んでみてくださいね。

カテゴリーごとに選べます。
選択
旅日記
2020/01/28
橋本への道  
1月27日の朝。
4時半に起きて、コラムを書く。
…書き上げたのが、6時過ぎ。
それからおもむろに「お出掛け」準備にかかり。
気づいたら、6時45分。アンジーがごそごそと起き出す。

「あ、アンジー、おはよう。」
私は、アンジーの顔を見て、目を見て、声を掛ける。
アンジーは、ちらりと私を見る。
「うおん」と返す時もあるけど、このごろはチラ見、だけ。
こやつ、省エネを図ってるな、と思う。

朝のアンジーとの散歩に出かけ。
雨が降っている中、傘をさして歩く。
アンジーは嫌がる。…いつから、雨降りを嫌がるようになっただろう? 
子犬の時には、そんなことなかったのに、と思う。

その帰りに、車と、ルームに置いてあるアンジーの(アンジーが入る)キャリーバッグを取りに行き。

帰って、朝ごはん。
それから、私のキャリーバッグに荷物を詰め込み。
部屋を出る。時計を見ると8時45分。

続き
フォーカシング
2020/01/27
フォーカシングはセラピストがすることではない〜池見陽さんの講義〜  
昨日のKSCC統合的心理療法セミナーでの池見陽さんの講義。
のっけから、刺激的な表題で。

「フォーカシング」と名付けられた体験の過程(意識のあり方)は、カウンセリングで成功するクライエントの特徴が記述されたもの、であるから、
フォーカシングはクライエントのすること。
そのような特徴を示していないクライエントにそれを教えることはできる。
それは、「フォーカシング教示法」「フォーカシング・インストラクション」などと呼ばれる「フォーカシング指導法」で、それはセラピストがすること。

こんな風に、「クライエントがすること」と「セラピストがすること」を、池見さんが対比させるのは、
…多分、「カウンセラーに向けての言葉」を紡いだロジャーズと、「クライエントの体験」を追いかけたジェンドリンの在りようが「相補的」、と評したことの延長線上にある。

Eugene Gendlin Ph.D(1926ー2017)。
○哲学者ハイデガーのWhat is a Thingの英訳に携わり、ハイデガーと文通していたことで知られる。
 独自の現象学を発展させた。
○カール・ロジャーズにカウンセリングを学び、ロジャーズの後年の考えに大きな影響を与え、「パーソン・センタード・アプローチ」の共同創立者と評される。

これは、池見さんの、スライド資料から。

「本日、取り上げるのはクライエントに起こっているフォーカシングという体験(意識)の過程がどのようなものであるかを4つの次元で示す」とのこと。
フォーカシングの4つの次元、とは「体験過程」「追体験」「スペース」「からだ」。

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折々の言葉
2020/01/26
「信じる」ということ〜折々のことば・鷲田清一#1674〜  
2019年12月20日の「折々のことば」。

「信じる」ということは、仮定形の上には成り立たないのではないか。 湯川豊


鷲田清一の解説。

大岡昇平の小説『野火』は、戦地で小隊からも病院からも見放され、山中を放浪する一等兵を描く。
疲労と飢餓で意識が朦朧(もうろう)となる中、ふと「神」らしき何かに見られていると感じた兵士の独白、「もし彼が真に、私一人のために」にふれ、文芸評論家はこう記す。
信仰は聴き届けられる保証のないまま差し出されるもの。
人を愛することもきっと同じ。
評論『大岡昇平の時代』から。

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長田弘の詩
2020/01/25
人生の材料〜長田弘の詩「最初の質問」第6,7連〜  
今日は、1月最後の土曜日。
…でも、いつも週末は忙しい。どうしても仕事が重なったり。
今日も忙しい。
でも! 早朝は…私の時間。

長田弘の詩「最初の質問」。残り2連。


  いちばんしたいことは何ですか。

  人生の材料は何だと思いますか。

  あなたにとって、あるいはあなたの知らない人々にとって、

  幸福って何だと思いますか。

  

  時代は言葉をないがしろにしている。

  あなたは言葉を信じていますか。

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折々の言葉
2020/01/24
がらんどうの頭蓋骨(ずがいこつ)〜折々のことば・鷲田清一#1682〜  
2019年12月28日の小池昌代の言葉。

背後を思うとき、自分ががらんどうの頭蓋骨(ずがいこつ)になったような気がする。


鷲田清一の解説。

後ろ姿というのはよりによって当人だけが見られないもの。
それは無防備に他人の視線に晒(さら)されている。
だからそれにふれる時、「見てはならないものを見たようで後ろめたい感じを覚える」と詩人は言う。
見えない背面、それは絶対に体験できない自己の死に似ている。
<私>の存在はその意味ですでに「彼岸」へと明け渡されている。
随想集『暗雲の下で卵をあたためる』から。

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