もとはと言えば、別の映画を観にいって、そこで手にした映画のチラシ。
ネタニヤフって誰だっけ? え? イスラエルの首相? その人がどうしたの? そんな程度の知識で。
チラシには「在任中に刑事起訴された初のイスラエル首相」だの、「本国で上映禁止」だの、の文字が踊ってた。
なんでも。極秘リークされたイスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフ首相とその側近たちの警察尋問映像、をベースに、反ネタニヤフの人たちのインタビューで炙り出した疑惑、の映画、
年末の押し迫った12月28日。
私は大阪・十三(じゅうそう)の「セブンシアター」まで足を運んだ。
ネタニヤフ首相の捜査はいつ始まったのか?
・ベンヤミン・ネタニヤフに対する刑事捜査は2016年12月に正式に開始。
・容疑は収賄、詐欺、背任。
・首相本人、直系家族、側近や友人など数十名。(重要人物の中には最大7回の取り調べ)
・案件ごとに異なる警察チームが担当。警察は捜査結果をアビハイ・マンデルブリット司法長官に提出。(彼がネタニヤフの任命者であることから、起訴が政治的動機によるものという批判は払拭。)
・報告書は贈収賄、詐欺、背任の「十分な証拠」があると結論づけ、刑事起訴を勧告。
起訴はいつ行われたか?
・2019年11月21日、司法長官マンデルブリットは、以下の事件でネタニヤフを起訴した。
⚫︎ケース1000:詐欺および背任
⚫︎ケース2000:詐欺および背任
⚫︎ケース4000:詐欺、背任、贈収賄
それぞれの起訴内容の詳細
⚫︎ケース1000
ネタニヤフは、映画プロデユーサーのアーノン・ミルチャンや豪州の大富豪ジェームズ・パッカーから、葉巻やシャンパンなど総額30万ドル相当の個人的贈り物を受け取ったとされている。
見返りとして、ミルチャンに有利な税法改正を推進したり、米国ビザの件で便宜を図った疑いがある。
⚫︎ケース2000
ネタニヤフは大手イスラエル紙「イエディオット・アロハノット」発行人アーノン・モーゼスと、競合紙の流通を制限する代わり好意的報道を受けるという取引を画策したとされる。
実際には取引は成立しなかったが、約束を交わす様子が録音され、世論を揺るがした。
⚫︎ケース4000
通信大手ベゼック社のオーナー、シャウル・エロヴィッチが所有するニュースサイト「ワラ(Walla!)」の報道内容や人事に、ネタニヤフと家族が不当な影響力を行使したとされている。
その見返りに、ベゼックの巨額取引を政府規制で承認し、エロヴィッチに最大5億ドルの利益をもたらした疑いがある。
裁判はいつ始まったか?
数度の延期を経て、2020年5月24日にエルサレムで開廷、2025年10月現在も継続中。
これは、パンフレットにまとめられていたもの。
映画は、警察の取り調べを受けるベンヤミン・ネタニヤフと、妻のサラ・ネタニヤフ、息子のヤイル・ネタニヤフをはじめ、側近の者たちの取り調べと、それから、関係者たちのインタビューで構成されている。
サラやヤイルの横柄なこと! 警察官の質問に恫喝で返し、いかに取り調べが不当であるかを堂々と述べ立てる。
私が何より驚いたのは。
2023年に極右勢力と連立政権を組んでから、イスラエルの強攻な態度が続いている、という事実。
…そうか。このところのイスラエルの行動がよくわからなくなっているのは。そういった「政治事情」からだったのか!
それでも、ネタニヤフだけで単独政権が取れなくなっている、ことは。イスラエルの国民たちも、ネタニヤフへの疑念が湧いている、ということだろう。
インタビュアーのひとり、ウズイ・ベラー(ネタニヤフの幼馴染)が「彼は変わった」とNOを突きつけて発言し始めたことを表明した。
うーん。。やはり、「長期政権」は、独裁者となって腐っていくんだな。…プーチン然り、習近平然り。
そして。映画はシャンパンや葉巻など一見無害な贈答品から始まり、より深刻な汚職へとエスカレートする。
それも、人の心が次第に麻痺していく過程なのだろうか?
やっぱり。「これぐらいは、いい」は魔性の入り口なのかもしれない。
それで。2023年10月7日にハマスの攻撃が起こった時、ネタニヤフは紛争をできる限り長引かせなければならない、と腹を決めたという。
首相の座にある限り、国家緊急事態なら、裁判を延期することができるから。
…これは権力者がやりがちな話、であるらしい。汚職の罪から逃げるために悪行を重ねていく。
ネタニヤフには人質の奪還や停戦交渉するチャンスがいくらでもあったのに、やろうともしなかった、と制作総指揮のアレックス・ギブニーは言う。
ギブニーはさらにこう語る。
ネタニヤフの盟友べザレル・スモトリッチ(イスラエル財務大臣)とイタマル・ベングヴィル(国家安全保障大臣)の本当の狙いは、ヨルダン川西岸地区のイスラエル併合。
だからヨルダン川西岸のパレスチナ自治政府の権威を弱めるために、彼らはガザのハマスを買収してハマスをペレスチナ代表に祭り上げようとした。
その過程で、彼らはカタールを通して数百万ドルの資金をハマスに流した。
それが10月7日のハマス蜂起の武器調達や作戦計画に使われた。
ああ、そうか。だから映画の中に出てくる、キブツをハマスに襲われたイスラエル女性は、ハマスではなくネタニヤフの責任、と言ったんだ…。
その女性は、ハマスに友人を殺されていたけれど、ネタニヤフが言う「完全勝利」という言葉に怯えていた。
なぜならそれは、ガザ市民の皆殺しを意味しているから。
その女性はネタニヤフを嫌悪する。10月7日のハマス蜂起を利用して、より多くのパレスチナ人を殺し、ガザを徹底破壊したことに。
ギブニーは、虐殺を「完全勝利」と言い換えるのは、オーウェル的だ、と指摘する。「戦争は平和である。無知は強さである」。
…え? あの『1984年』の、ジョージ・オーウェル?
そして、ネタニヤフが周辺国を片っ端から空爆するのは、イラン、レバノン、シリアと永久的な紛争状態を望むからだと指摘する。
それが、刑務所に入らずに済んでいる理由だから。最高司令官である限り、刑務所に入ることはないから、と。
映画評論家の町山智浩は言う。まるでトランプを連想させる、と。
すると、ギブニーは応える。その見方はまったくん正しい、と。
アレクシス・ブルーム監督もそれを意図している、と。
つまり、この映画が描いたのは権威主義者のマニュアルなのだ、という。
政治的野望のためにいかにしてメディアを自分の思い通りに操るのか? いかにして裁判所を弱体化して法の支配を破壊するのか? いかにして暴力を使うか? いかにして反対勢力を黙らせるか? これらすべてが実にトランプ的だ。単にトランプ流というだけでなく、これが21世紀の権威主義者たちの戦略の手引きだといえる。
今年の10月25日に開催する「11周年イベント」で、イスラエル人であるダニー・ネフセタイさんとの対談を予定しているから、彼の国のことをもうちょっと知っておかないと、という気持ちが先行しての映画視聴だった。
映画鑑賞後、なにかズシリとした「宿題」を受け取ったような気分の私である。