月ヶ瀬のさっちゃんが主催の映画。題名にちょっと、え?と思ったけど、観に行くことにした。
…多分、生態系の「循環」の話なんだろなと見当はついた。
まあ、「うんこ」も「死体」も。日頃の話では出てこない単語。
買ったパンフレットには、次のような紹介が。
「グレートジャーニー」で知られる探検家で医師でもある関野吉晴はアマゾン奥地の狩猟採集民との暮らしを通して、自然とヒトとの関係について考え続けてきた。そして、2015年から『地球永住計画』というプロジェクトを始める。この地球で私たちが生き続けていくためにはどうしたらいいかを考える場だ。
関野はそこで3人の賢人に会う。彼らの活動を通して、現代生活において不潔なものとされるうんこ、無きモノにされがちな死体を見つめると、そこには無数の生き物たちが織りなす、世の中の常識を覆す「持続可能な未来」のヒントが隠されていた。
75歳の探検家が4年をかけてあらたに挑んだ、いのちの循環をたどる“旅”は果たしてどんな結末にーー。
関野吉晴さんってどんな人かも知らなかったけど。
映画の初っ端から、林の中で用を足そうとするご本人の映像から始まる。
それは、糞土師・伊沢正名に取材を申し込んだ際、一緒に野糞をして調査することを求められたから、だという。
…それにしても。強烈な始まり。(まあ、草むらの中だから、ちょっとはカムフラージュされてるけど。)
第一章は「うんこの行方」と称して、ゲストは糞土師・伊沢正名。
誰でも野糞ができるように近隣に購入した土地「プープーランド」。そこに、いつ、誰が出したうんこか、明記した棒を立て。
弟子入りしたという女性のんちゃんが、幾日か前の自分のうんこの状態を、人前で調べる、ことにも、ど肝を抜かれたけど。
彼の住まいは「糞土庵」。庭では、トイレットペーパー代わりの葉っぱを育てている。…徹底してるなあ。。
パンフレットにはこう、ある。
伊沢が野糞を始めたのは、し尿処理場建設反対運動がきっかけだった。「自分たちが出すうんこを処理する施設を、臭くて汚いからと反対するって何なんだ?その時にトイレにうんこをするってどういう意味かを考えた」という。そもそも菌類に関心を持っていた伊沢は、菌類の働きによって野糞が土に還ることは想像できた。そこで1974年、23歳の時から野糞を始め、以来うんこ一筋50年。
うーん。。年季が入ってる。。
そして、15年前に調査した伊沢の記録と比べ、明らかに分解の速度が速まっていることに気づいた、と映像が流れる。
調査に招いた筑波大学の菌類学者、出川洋介准教授も、驚きの声を上げる映像。
…そうか。土も育つんだ。
第二章「生き物の視点に立つ」。登場するのは、保全生態学者の高槻成紀。
都会の限られた自然の中で生き物がつながりを持って生きている「動植物のリンク」についての調査を続けている、という。
埼玉の浦和商業高校で、校内に現れる狸の糞の調査。
人間の食生活が変わり、ごみを出す、それに適応して狸自身が食物を変えていく、そんなストーリーが狸の糞から読み取れるのだと言う。
近隣の子どもを集めての「観察会」。
動けない植物が子孫を残すためにどんな工夫をしているのか。
風に乗って飛んで行きやすいもの、鳥に食べて貰いやすい種を持つもの。
高槻は「一寸の虫にも五分の魂」という言葉を「いい言葉」だと言う。
「一寸しかない、でも五分魂がある」。一寸は約3センチ。五分はその半分。
人に注目されないけれど、一生懸命生きている、ありふれた生き物の姿を伝えようと、観察会を開く。
第三章「死体をめぐる攻防と協力」。登場するのは、絵本作家の舘野鴻。
彼のデビュー作は死体喰いの虫を主人公にした『しでむし』。
徹底して調査を重ね、絵本1冊書くのに、数年かける、という。
ネズミの死体に現れたのはウジ。あっという間に死体を分解していく。
そのウジより最強なのがセンチコガネ、だという。
シーズンごとに現れる「死喰い虫」は異なり、そうした形で、「共存」を図っているという。
うーん。。
最初は「おぞましさ」しか感じなかったウジにも、そのうち慣れ。
確かに。舘野曰くの「人間の感覚ってテキトー」であると思えてくる。
会場に現れた関野さんにサインを貰いながら、何の話の流れだったか、「土葬を企てている」という話を聞く。
火葬にすれば二酸化炭素しか出ないけれど、土葬にすれば酸素が出る、と話してくださる。
生っちょろいSDGsが吹っ飛んでしまうような「循環」の有りよう。に私は、圧倒される。
そして、「土葬」と聞いて、「それもいいかも」と思い始めている自分に気づく。
その後の何よりの変化は。
毎日排出する自分のブツを。
そのままトイレに流してしまうのを「もったいない」と思い始めたことだ。