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  1. コラム
  2. 沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム
 

沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム

沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム
日々の暮らしの中で、ちょっと気づいたこと、ほっと一息つけるようなことがらをコラムとしてまとめました。
あなたの「お役立ち」になるかどうか、心許ないですが、興味を持った「カテゴリー」から読んでみてくださいね。

カテゴリーごとに選べます。
選択
折々の言葉
2021/01/05
百パーセントの真理〜折々のことば・鷲田清一#2041〜  
2021年1月3日の「折々のことば」。ジークムント・フロイトの言葉。

百パーセントのアルコールがないように、百パーセントの真理というものはありませんね。

鷲田清一の解説。

オーストリアの作家、ツヴァイクは、友人でもある精神分析家がふと口にしたこの言葉が忘れられない。
《無意識》という暗部にメスを入れたフロイトにとって、不快だ、危険だという理由でそれに蓋(ふた)をすることはありえなかった。
人は認知も制御もしえないものを内蔵するからこそ、つねに覚醒を心がけねばならないのか。
作家の回想録『昨日の世界 Ⅱ』(原田義人訳)から。

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アンジーとの暮らし
2021/01/04
アンジーのてんかん発作  
ふと目が覚めて、時計を見たなら、午前2時半過ぎ。
「おお、丑三つ時だ」と思い、ふと横にいるアンジーの様子がおかしいことに気づく。
「ん? アンジー、どうした?」声を掛けながら、抱き上げる。

震えている。
あ、てんかん発作が始まったな、と思い、急ぎ、マナーベルトを着ける。

1歳になる前にてんかん発作が始まり。
アンジーのは下半身が動かなくなる。
一生懸命歩こうとするけど、まるで動かなくて「足摺り」になる。

30分ほどしたら、収まる。
けれど、びっくりしたアンジーは失禁したり、吐いたりする。

今回は吐かなかった。
抱っこされているから、ママに悪いと思ったかもしれない。
…そんなの、いいのに。
ママは強いんだよ。

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仏教の学び
2020/12/24
独立した実体は何ひとつない〜浅田慈照尼と読む『ティク・ナット・ハンの般若心経』(5)〜  
12月22日。年の瀬も迫る日。
第5章「空の記しー空相」を読む。


「空は三解脱(げだつ)門の一番目の門です。この教えは初期の仏教経典に数多くみられますが、般若心経より千年ほど前に成立しました。」(p.62)と、本文が始まる。
「三解脱門」とは、「無常」「空」「無我」の3つを指し、「門」とは方法のこと、と、慈照尼から説明を受ける。


「私たちの体、感覚、認知、心の形成、意識は、今この瞬間とその次の瞬間では同じではないことを見てきました。
つまり、五蘊(ごうん)は刹那的に変化し、展開しているわけです。
そして空が対象としているのは、私たちが『我(が)』と呼ぶところの五蘊だけではありません。
あらゆる現象もまた空なのです。(pp.62-63)

「ブッダ在世の時代、神聖なる真我の概念は、インドの精神修行の伝統のほとんどに共通して見られた信仰でした。
人びとは、私たちの中を観察して見ることのできる変化のすべての底には、変わらないもの、不滅の魂のようなもの、つまり何か根本的な要素があると信じて、それを『アートマン』(真我しんが)と呼びました。
肉体が朽ち果てても、魂は別の肉体の中に存続し、必要なことを学ぼうとして、生と死のサイクルを何度でも繰り返す、と信じました。
精神修行の目的は『ブラフマン』(梵ぼん)という絶対的で崇高な大きな我に、小さな我であるアートマンを再び結合させることでした(梵我一如ぼんがいちにょ)。」
(p.63)


「アートマン」と「ブラフマン」!
…昔、そう、高校1年のときに、「倫理」という科目で、その語を教わった記憶がある。
そんな詳しい説明もなく、ただ、語の紹介に終わっただけ、だった気がするが。


「しかしブッダは説法を始めたころに、この考えかたに異議を唱えました。
『我』と呼ぶようなものはない、と説いたのです。
これが革命のはじまりでした。
現象はさまざまな原因と条件が形になってあらわれたものであると、ブッダは指摘しました。
永遠で不変の現象はひとつもないのです。
ーーーそのような存在をアートマンと呼ぶにしろ、ブラフマンと呼ぶにしろ、あるいは個人自我、宇宙真我と言うにしろ、どれひとつとして現象の中に見つけることができないのです。
ブッダの教えは、個人自我と宇宙真我のどちらの概念も解体することを目指しました。」(p.63)

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折々の言葉
2020/12/21
“軽率に”「助けてほしい」と言う〜折々のことば・鷲田清一#2020〜  
2020年12月11日の「折々のことば」。築地静香の言葉。

助けてほしい時には“軽率に”「助けてほしい」と言うのです。

鷲田清一の解説。

現代人は「自己責任」という言葉に縛られ、一人で頑張ろうとばかりして、人に助けを求めるコツを知らない。
「一人じゃ無理」と感じたらすぐに声を上げること。
「軽率な救護要請」にかならず誰かが「軽率」に応えてくれると、京都の映画館・出待座内のカフェの店長は言う。
助け合いはついではずみでやるほうが長続きする。
求人誌「おっちゃんとおばちゃん」23号から。

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折々の言葉
2020/12/18
心に風を通してちょっとだけ変身する〜折々のことば・鷲田清一#2021〜  
2020年12月12日の「折々のことば」。山本貴光の言葉。

歩くのは、心に風を通してちょっとだけ変身することなのだ。

鷲田清一の解説。

「ものを考えたいときには歩くに限る」と、文筆家・ゲーム作家は言う。
まず目下取り組んでいる課題を「頭の片隅に取り込」んでから、ふらりと外に出て、景色に誘われるままに歩き回る。
すると刻々と変わる知覚が先の課題とスパークして、思いがけない発想が降りてくる、と。
人は指先でも足裏でも首筋でも考える。
それらにも風を十分当てねば。
随想集『投壜(とうびん)通信』から。

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