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沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム

沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム
日々の暮らしの中で、ちょっと気づいたこと、ほっと一息つけるようなことがらをコラムとしてまとめました。
あなたの「お役立ち」になるかどうか、心許ないですが、興味を持った「カテゴリー」から読んでみてくださいね。

カテゴリーごとに選べます。
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ボイスアート
2017/05/18
ボイスアートでの「死ぬ前の過ごし方と望むお葬式」レッスン  
昨日は1ヶ月ぶりに、まやはるこ先生のボイスアートのレッスンを受けに、梅田まで行きました。
「あれこれ、楽しそうにしているね」とお声をかけていただいて、この前の週末の「シニアライフカウンセラー養成講座」の話となりました。
他の受講生から「それは何?」と聞かれたので、簡単に説明する中で、「エンディングノート」の話となりました。

「エンディングノートも、一番大切なことは、遺された家族のためというより、それを書くことで、今生きている自分が、残りの人生をどう生きたいかを見直すこと。書いた時点での自分の人生がそこに表されているわけで、だから、何度書き直してもいいし、むしろ書き直す度に、自分の人生が明確になる、ということ。」と言われました。

「じゃあ、今日はそのテーマで、あれこれ考えてみましょうか?」と言われ、先生の誘導で、どんどん齢を重ねていくことをイメージしました。

「死ぬ1年前は、あなたは何をしていますか? 旅行していますか? 家にいますか? 誰と一緒? 自分が死ぬことを意識していますか?」

私は、旅行している気がしました。誰か、友達に会いに。まだ、死期が迫っていることをそんなに意識していません。ただ、ぼんやりと感じている、かな。

「死ぬ半年前になりました。あなたは何をしていますか?」

私は、そろそろ自分が死ぬことを悟り、身辺整理を始めます。

「死ぬ1ヶ月前。あなたは何をしていますか?」

私は、もうベッドに横になり、あれやこれや自分の人生を振り返りながら、眠ることの多い毎日。…そう、病院にいる気はしません。父が在宅で亡くなったので、自分もそれがいいと思っていることに、気がつきました。
父は在宅で緩和医療を受けました。だから、苦しまなかった、と母は言います。母もそういう風なのがいいと思っている様子…。

…そうか、父はこんな死に方もある、と見せてくれたんだ…。病院で亡くならなくてもいい方法。前日まで、自分で自分の朝食の準備をして、ホント眠るように…。…ありがとう。

「あなたは死にました。どんなお葬式をしたいですか?」

私は基本、自分のお墓は要らないと思っています。以前からそう思っていて、20年近く前に両親が墓地を買った時にもぽろっとそう言ってしまって、不評を買いましたが。でも、その考えは変わっていません。

でも、父はよく、悩んだら墓に参ったそうです。まあ、父にとっては「よりしろ」だったのですね。だから、両親の墓を欲しがる気持ちは理解しています。けれど、私自身は、あまり必要ない。仏壇だけでいいような。…いや、仏壇も要らないかもしれない。写真は1枚欲しいかな。そんなに大きくなくていい。

だから、子どもが私の墓を欲しがらなかったら、散骨でいいと思っています。…二上山(ふたかみやま)がいいなあ…。散骨も海は怖いので、嫌。

それより樹木葬がいいな。木の養分にでもなれたら、それがいい。

妄想はどんどん膨らんで…。「はい。では、少しずつ今の自分に戻ってきましょうか…」の声掛けで、レッスン会場に戻ってきました。みんなでシェアして、なんか楽しい時間となりました。

画像は杏樹(アンジー)との朝の散歩で見つけた、近所の薔薇。そろそろ薔薇があちらこちらで咲き始めました。

ボイスアート
2017/04/24
ともこさんのボイス・アート  
昨日は、ゲシュタルト仲間のともこさんの「ボイス・アート」に参加しました。近鉄奈良駅に降り立つと、行基さんの噴水前広場では、アンデスの歌を歌っている人や手品を披露する人がいたりして、大にぎわいでした。それらを横目で見ながら、奈良県文化会館まで少し歩きました。本当にいいお天気で、空は雲ひとつありませんでした。

「おじぎ呼吸法」「ハー声呼吸法」などを行なって、ゆっくりと、ゆったりと、自分の呼吸に耳を傾けていたら、どんどん眠くなりました。…副交感神経が働いて、リラックス出来ている証拠ですね。

「にゃ、にぃ、にゅ、にぇ、にょ」の音を使って、ネコの鳴き声で遊んでみることもしたのですが、途中「ワン!」という声を出してしまって、慌てました。私には、ネコの鳴き声よりワンコの鳴き声の方が馴染みがあって、それが無意識に出てしまったみたい…。

最後に「声のキャッチボール」と呼ばれているワークを行いました。二人一組になって、そのうちの一人が、ゆっくり「ハー…」と、声を相手に届ける感じで出します。声の高さはどの高さでもよくて、自分の出しやすい高さで。途中から息だけになるのですが、それが終わってから、声を届けられている側の人が心の中でゆっくり「1、2、3、4、5」と数え、今度はゆっくりと相手に「ハー…」と声を届けます。

たったそれだけの「声のキャッチボール」なのですが、声を届けた側は、ゆっくり5秒待ってもらうことで「ゆっくり聞いてもらった」気持ちになるのですね。このワークの後のシェアの時間に、ともこさんから「親子でこのワークをしてもらった時に、お母さんが泣いてしまったことがあって。…何か、気づかれたのでしょうね。」という話がありました。確かに、「日頃、十分に人の話を聞いていない」自分の姿に気づきます。人の話を最後まで聞かずに、自分が話し始めたりすると、相手は全然「聞いてもらった」気持ちになれませんね。…とても興味深いワークでした。

画像は、生駒駅で電車に乗る前に、カウンセリングルーム前で撮った丘の上のお家。こんな風にスッキリと晴れていました。




ボイスアート
2017/03/16
ボイスアート〜まや はるこ 先生〜  
昨日は、久しぶりに梅田まで、ボイスアートのレッスンを受けに行きました。JRの事故があったとかで皆さんの到着が少し遅れ、ボイスアートマスターのまや はるこ先生と二人きりの時間がありました。以前「自分のインナーチャイルドと出会う」ワークをした時に、私のインナーチャイルドを抱っこしてあげようとして、暴れられて困ったのですが、その時に私が「子ども時代の楽しい思い出が思い出せない」と言ったのを、先生は気に留めてくださっていたのです。

最近、雛人形を買いに行った話をして、結局というか、やっぱり、というか、「母の雛人形」を買った話をしながら、「私は今から母のインナーチャイルドを母と一緒に育てていこうと思っている」ことをお伝えしました。「それじゃあ、まさこさん自身は満たされるの?」と心配してくださるので、「う〜んと、母からはもう私のインナーチャイルドを満たすようなことを期待していない、というか、別に母からでなくても、他の人に母を求めてもいいような気がして。」と答えました。

そう…多分、大学生の時の私は6歳年上の同級生に「母」を感じたし、今は…まや はるこ先生に「母」を感じている。

なんだろう…そっと気遣ってくださる優しい眼差しに、ホント涙が出て来そうになるくらい安らぎを感じられるし、気遣ってくれる存在がある、というだけで、ああよかった、と思えるものなんですね。

レッスンの後、ちょっと照れながら「まや先生に私は『母』を感じるんです。」と申し上げ、ハグしていただきました。「そうですか、それでいいんですよ」と返していただき、私のインナーチャイルドも、穏やかに笑っていました。

多分…私がボイスアートのレッスンに通うのは、ボイスアートのワークそのもので自分が「からっぽ」になれるのと、まや先生に会いたいから、ですね。だからと言って、私はまや先生に依存しているわけではない。私の抱える問題は私の抱えるものとして自分で取り組みながら、だけど、ご褒美のように、「自分を気遣ってくれるまなざし」に会いに行くのですね。

私も人に「自分を気遣ってくれるまなざし」をあげられる存在になっていきたいと思ったことでした。

画像は昨年春の奈良の馬見丘陵公園です。

ボイスアート
2017/02/16
自分のインナーチャイルドと出会う  
久しぶりにボイスアートのレッスンを受けに梅田まで出掛けました。「ゆっくり息を吐き切ると、自然と次の新しい息が自分の中に入ってきます。ボイスアートは、それを繰り返すことで自分の中を空っぽにして、本来の自分軸に戻る、ということを行うものです。」

ボイスアートマスターの、まやはるこ先生の穏やかな声に導かれ、無心になって、息を吐くこと吸うことを行なっているうちに、頭の中の余計な考えごとが消えていきます。…気づくと、ゆったりとリラックス状態の中にいます。

今日のメニューの最後に「自分のインナーチャイルドと出会う」というプログラムがありました。現在の自分から、40代、30代、20代、15歳、10歳、9歳、8歳…と、楽しかった子どもの頃の自分をイメージして、その年齢まで戻るという方法です。

「楽しかった子どもの頃」と言われて、困りました。…実は私は余り楽しかった子どもの頃の記憶がないのです。どんどん幼い頃に遡っていくと、3歳ぐらいの時の七五三の着物を着せられて、口をへの字にして、右足首を内側に折り曲げて突っ立っているおかっぱ頭の女の子が出てきました。

「その子の望むようにしてあげながら、輝く光で包んであげてください…。」先生の誘う声を聞きながら、私はその子を抱っこしようとして抵抗され、格闘していました。
「暴れないでよ、いい子だから…。」「あなたの悲しみ、怒り、全部分かっているから。子どもだった私は何もできなかったけれど、今の私は、大きくなって、いろんなこと経験して、あなたの悲しみも受け止めてあげられるから。」そう言ってなだめていると、3歳ぐらいの私は次第に静かになりました。

「…それでは、今の自分に戻ります。10歳、15歳、20代、30代、40代…はい、現在のあなたに戻りました。」
「子どもの頃のあなたを、左手で胸のあたりに収めてください。…はい、いつもそこにいますね。」

まだまだ癒されていない私のインナーチャイルド。でも、そのままでいいから、一緒に生きていこうね、と思えました。ボイスアートは、私にとって、無理なく今の自分を受け入れることができるようになるものです。

画像は、ボイスアートのレッスン会場からみた風景です。ビルに隠れているのは何でしょう?  赤い観覧車が見えますか?  昨日はよく晴れた、気持ちのいい一日でした。



ボイスアート
2016/09/07
「ため息はダメ!」って誰が決めたの?  

その昔、まだ20代の若かりし頃、職場の自分の机を前にして座りながら、無意識に「ふう〜…」ってため息ついてしまって、それを目ざとく見つけたおじさん先生に、「ダメダメ!ため息なんかついてちゃあ。幸せが逃げていくよ。」なあんて、わけ知り顔で言われて。

 

まだ純真だった私は、「はあ〜い。」なんて返事しながら、「そうか…ため息ってダメなんだ…」と思ったわけですけれど、でも、ため息って私たちの身体が要求する「自然なこと」なんですよね。

 

びっくりしたり、怖かったりした時に、私たちは無意識に「息を詰めて」いたりします。

なんだなんだ…⁈  いったいどうしたんだ⁈  と私たちの身体は、未知なものに対して防御態勢に入るわけですね。

いつでも次の行動に移れるように。

で、息をしていないわけです。息をするのも忘れているわけです。

 

とうぜん、二酸化炭素がいっぱいの「吐く息」が身体の中に溜まります。

生き物としての身体の状態はよくないわけですね。

息を吐かないと、新しい、酸素がいっぱいの空気は身体に入ってきません。

生き物としての「私」の生存の危機です。

 

「吐く」から、新しい空気が「吸える」。

まあ、あたりまえのことなんだけど。

 

何かにとらわれていて、こころがいっぱいいっぱいな時には、その「あたりまえ」なことも思い出せない…。

 

「『息』という字は、自分の『自』の『心』と書きます。

    人の心と身体が健康でなくなる時、周りばかり気にしていて、自分をかえりみていない状態が続いた時かと思います。

    自分の息に耳を澄まし聴いていくと、不思議と安心感で満たされます。

    他者に向いた自分のでなく『今ここにいる』『自分に還ってくる安心感』、

    息を聴いていく行為により、安心した心地よい本来の自分位置に還ってきます。

    これが『自分軸』なのです。」

 

ボイスアートマスター、まやはるこさんのレッスンを受けながら、先生の、まあるい柔らかな声に誘導されながら、

ボイスアートの「ため息呼吸法」で、いっぱいため息をつきながら、気持ちいい時間を過ごしました。

 

ため息は、ついていいんです。幸せが逃げていったりしません。

でも、わけ知り顔のオジさんやオバさんがいるところで、そんなことを言っても撃退できそうにない時には、ひとりの場所と時間を、自分のために用意してあげましょう。

 

トイレでもいいし、お風呂場でもいい。

 

「今日も一日、よく頑張ったね。」と自分を褒めてあげながら、いっぱいいっぱい、溜まった息を吐き出しましょう。


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カウンセリングルーム 沙羅Sara

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