池見陽先生の「Asian Focusing Methods」セミナーの続きです。
午後の部に行く前に、先のコラム〈5〉で池見先生の言葉を拾い上げながら、私の中で想起されたあれこれを、少し整理しておきたいと思います。
「人が感じることは、いつも未来志向」
何か不都合な事態が生じた時、意識を持たないものについては過去に原因を求めるけれど、意識を持つ人間の場合は「次はどうであったらいいか、なんとなく知っている」ということを言われていた。
それについて、「今ここの体験から離れて、未来を扱っているような感じがするのですが」という質問も出された。
池見先生は「でもそれは、未来でなくて、今、なんです」と答えられていた。
そう。ね。未来について考えているけど、それを考えているのは「今」。だから、今、ここでの自分のありようを探っている。
で、不都合とか、何か不足を感じるような状況にあるとき、人は、というより生き物は、その「欠けた」部分を補おうと動く、のだろう。
それは、なぜか。