「賀状」 長田弘
古い鉄橋の架かったおおきな川のそばの中
学校で、二人の少年が机をならべて、三年を
一緒に過ごした。二人の少年は、英語とバス
ケットボールをおぼえ、兎の飼育、百葉箱の
開けかたを知り、素脚の少女太刀をまぶしく
眺め、川の光りを額にうけて、全速力で自転
車を走らせ、藤棚の下で組みあって喧嘩して、
誰もいない体育館に、日の暮れまで立たされ
た。
二人の少年は、それから二どと会ったこと
がない。やがて古い鉄橋の架かった川のある
街を、きみは南へ、かれは北へと離れて、両
手の指を折ってひらいてまた折っても足りな
い年々が去り、きみたちがたがいに手にした
のは、光陰の矢の数と、おなじ枚数の年賀状
だけだ。
元旦の手紙の束に、今年もきみは、笑顔の
ほかはもうおぼえていない北の友人からの一
枚の端書を探す。いつもの乱暴な字で、いつ
もとおなじ短い言葉。元気か。賀春。朝の、まだ始発の電車が走らない時間。
私は、長田弘の詩集『深呼吸の必要』を開く。
今日の詩は? ああ!これだ。
贈りもの 長田弘
幼い誕生日の贈りものに、木をもらった。
一本の夏蜜柑の木。木は年々たくさんの実を
つけた。種子がおおく、ふくろはちいさかっ
たが、噛むと歯にさくさくと、さわやかな酸
っぱい味がした。立派な木ではなかったが、
それが自分の木だとおもうと、ふしぎな充実
をおぼえた。葉をしげらせた夏蜜柑の木をみ
ると、こころがかえってきた。
その夏蜜柑の木は、もう記憶の景色のなか
にしかのこっていない。あのころは魂という
のはどこにあって、どんな色をしているのだ
ろうとおもっていた。いまは、山も川原もな
い街に暮らし、矩形の部屋に住む。魂のこと
はかんがえなくなった。何が正しいかをかん
がえず、ただ間違いをおかすとしたら、自分
の間違いであってほしいとおもっている。部
屋には鉢植えの一本のちいさな蜜柑の木があ
る。それは、誕生日に年齢を算えなくなって
から、きみがはじめて自分で、自分に贈った
贈りものだ。
ときどきアントン・バーウォグイチの短い
話を読む。人生はいったい苦悩に値するもの
なのだろうかと言ったチェーホフ。大事なの
は、自分が何者なのかではなく、何者でないか
だ。急がないこと。手をつかって仕事するこ
と。そして、日々のたのしみを、一本の自分
の木と共にすること。カウンセリングルーム 沙羅Sara
あなたはあなたのままで大丈夫。ひとりで悩みを抱え込まないで。
明けない夜はありません。
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